Lomography

インスタグラムを見ているとロシアのアマチュア写真に面白いものが多い。民衆芸術はやはりロシアなのだ。ソビエト時代にレニングラード光学器械連合(LOMO)が作ったLC-Aという日本のカメラのコピーがあるのですが、その品質の悪さによる偶然性や味のある描写には熱烈なファンがいて、ロモグラフィーという芸術運動も起こったそうです。いわゆるトイカメラの起点となるこのカメラをウィーンのロモグラフィー社が引き継ぎ、現在も発売されています。このロモグラフィー社が面白くて、今どきフィルムカメラやフィルムの新製品を出し続けています。ロモグラフィーのコミュニティサイトには容量無制限で写真をアップできるアルバム機能もあって、特に制約があるわけでは無いのですが、そのほとんどはフィルム写真です。フィルムやフィルムカメラの参考に見ていたのですが、思い立って自分も登録してみたところ、lomography.jpが毎月10点ピックアップしているコーナーに選ばれていて、自分の民衆芸術度が評価されたようで嬉しかった。

https://www.lomography.jp/magazine/346310-lomography-trending-photo-of-april

増感/減感

なんとか失敗しないでLPLのステンレスタンクリールにフィルムを巻くことが出来るようになった。増感/減感現像にも手を染めてしまった。そういうことだったのかと気づく。

Shinjyuku | 増感現像
Park #07 | 減感現像

四月は残酷極まる月だ

4月になるとT・S・エリオットの『荒地』をもう何十年も繰り返し思い起こしている。

話はそれますが、アイドル全盛時代に青春を過ごした俺は、数年毎にアイドルに目覚めているようです。とはいえ、それなりにはまったのは、麻丘めぐみ、大場久美子、華原朋美、中島美嘉ぐらいですが、最近なぜか姉妹が気になる。もちろん叶でも阿佐ヶ谷でもありませんが、上白石ではそれほど違いはないのかもしれません。若者の昭和好きの表象が上白石姉妹なのかもしれないとも思います。

四月は残酷極まる月だ
リラの花を死んだ土から生み出し
追憶に欲情をかきまぜたり
春の雨で鈍重な草根をふるい起すのだ。

浅葱色

散歩写真を撮りながら、扱いに困ってエアコンの室外機の奥に立てかけるしかなかった町内地図看板が目につきました。普段なら気にも留めない、よくある看板です。手書きで作られた、家の境界線もほどんど消えている古い看板。郷愁を覚える色に惹かれたのだと思います。いわゆるパステルカラーで「ミントグリーン」だと思いましたが、気になってネットで色見本を探して比較してみると、ミントグリーンよりも青みがあって、英語(カタカナ)名の色見本に近い色はありません。日本の色として紹介されている「青竹色」「浅葱色」が近いようです。リトグラフを制作していた頃、使っていたオフセット用のインクの中に「浅葱」というのがあったのを思い出しました。日本のペンキ/インク関係では定番色なのでしょう。中原中也の「言葉なき歌」を思い出す。

あれはとほいい処にあるのだけれど
おれは此処で待つてゐなくてはならない
此処は空気もかすかで蒼く
葱の根のやうに仄かに淡い

The Clinic Smiles

親知らずの最後の1本がぐらついてきたので、歯医者で抜いてもらった。奥歯も1本抜くことになった。もちろん麻酔を打ってもらいましたが、血だらけなのに全然痛くない、すごい威力です。後日、歯茎の中の歯石も取ることになって、麻酔を打たれ、笑顔の歯科衛生士に優しい言葉をかけられながら、歯茎の中をガリガリされる。痛くはないのですが、ずっと緊張が解けない状態が1時間ほど続きました。終わった後の敗北感がすごい。あと3~4回、同じ治療を受けなければなりません。歯科衛生士も大変な仕事だなと思いました。ふとジャスパー・ジョーンズの作品「The Critic Smiles」を思い出す。

Return to Forever

チック・コリアが亡くなった。1枚だけあったレコード「フレンズ」を聞く。ほんとに聞きやすいジャズアルバム。ジャケットもとってもかわいい。フレンズというタイトル通りに、チック・コリア、 ジョー・ファレル、エディ・ゴメス、スティーヴ・ガッドのカルテットの親密さが伝わってくる。レコードを買っのは1970年代末だと思うが、「サンバソング」のスティーヴ・ガッドのドラムにやられてしまった覚えがある。名盤「Return to Forever」は売ってしまったのかもう無かった。けれどもチック・コリアは永劫回帰するだろう。
フレンズ(1978)のライナーノーツを見ると、お手紙のあて先が記載してあった。今でも届くのだろうか。
Chick Corea P.O.Box 85220, Los Angeles, CA 90072, U.S.A.

イビザグラフィック

いいかげんな人生の中で失ったものも多い。20代前半に制作してイビザグラフィックという国際版画展に出品したリトグラフをもう一度みたいと思うのですが、すでに失われています。出品にあたって撮影した白黒のフィルムを見つけたのでスキャンして、ニューラルフィルターを使って色付けしてみました。全然違いますがそれでも色付けしようとするAIとは一体何なのだろうと思います。イビザに行く資金も無く、郵送で送ったのですが、イビザといえばピンクフロイドが音楽を担当した映画『MORE』の舞台。その頃はまだ映画も見たことはなくてピンクフロイドのアルバムジャケットや音楽のイメージでその島の風景を思い浮かべたものでした。

真実を見極めろ! ウイルスパニック

1918年に日本でもスペイン風邪が流行した。主婦が先導した米騒動も流行のただなかで起こっている。ロシアではボリシェヴィキ政権が誕生し、日本はシベリアに出兵する。現在の新型コロナウイルス感染症の流行、パンデミック下でのオリンピック強行の姿勢や、組織委会長の発言などに対する女性たちの「蜂起」と1918年は繋がっているのだと思う。

フリーライター兼編集者、粟生こずえさんのトークイベントを手伝った時に、その著書『3分間サバイバル』を頂きました。あかね書房から出ている、現代を切り抜ける推理とサバイバルを楽しむ、新感覚ショートショート、第三巻がもうすぐ発売されるシリーズ本です。二巻の『真実を見極めろ! ウイルスパニック』を読んだのですが、50話のショートショートの中に、細菌やウイルスの歴史と科学、感染予防の知識が詰め込まれていました。12月に発売されたばかりなので、COVID-19に関するものもあります。子ども(小学高学年)向けの本ですが、テレビのニュースやワイドショーを見るより、俯瞰的に感染症について考えることのできる構成になっていました。子どもにはもちろん、コロナの事が気になるけれど、ニュースやワイドショー、SNSに流れてくる情報に疲れてしまったオトナにもおすすめです!

ねじ釘の如く 画家・柳瀬正夢の軌跡

明治時代の松山には「朝敵」松山藩の無念が色濃く漂っていたのだと思う。その無念が正岡子規や秋山兄弟を生んだし、夏目漱石は明治の松山を題材に『坊ちゃん』を執筆した。柳瀬正夢(正六)は明治33年に松山で生まれた。

最近まで柳瀬正夢に特別な興味を持ったことはありませんでしたが、数年前から大正期の芸術運動に興味を持つ中、調べたいと思っていました。古本屋で見つけた展覧会の図録を数冊手に入れていましたが、絵を眺めるだけで解説はざっと目を通すだけでした。昨年亡くなったルポライターの井出孫六さんが1996年に出した『ねじ釘の如く 画家・柳瀬正夢の軌跡』という伝記があることを知り、昨年購入したものを今日やっと読むことが出来ました。柳瀬の「よもだ」ぶりは面白かったし、特高に拷問を受けていたことさえ知らなかったのです。読売新聞で望月桂と同僚の時期があったり、新居格たちと満蒙に視察に行ったり、魯迅が柳瀬の漫画を中国で広めていたり、いろいろなつながりを知って、大正時代の芸術運動の豊かさがさらに広がりました。

これまで柳瀬に興味を惹かれなかったのは何故だろうと考えると、MAVOと柳瀬がなぜか繋がらなかったり、左翼デザイナーだったり、そのスタイルがゆらぎ過ぎるからかもしれませんし、多分初めて見た「仮面」に何か恐ろしいものを感じて、なんとなく見ないようにしてきたからかもしれません。

小さなエピソードですが、伝記の中でとても気になったことがあります。死別した小夜子(梅子)の墓が松山にあるというのです。東京で暮らす柳瀬が、どうしてその妻の骨を松山に埋葬したのかがよく分からない。次回、帰郷した時に探してみたいと思います。

柳瀬の書いた『ゲオルゲ・グロッス 無産階級の画家』の著作権が切れていましたので、久し振りにタイプしはじめました。マルセル・モース『贈与論』を読み終えたら、自由芸術大学の読書会で扱ってみようと考えています。