新しい社会の姿

現在の閉塞感を特定の政党や政治家や選挙の投票率のせいにすることは簡単だが、そのままの態度を続けていれば、いつか幸福が訪れると信じている人はいるのだろうか? 国家のみならず、あらゆる権力の抑圧に抵抗することは永続的に必要なことだとは思うが、そうであるならば、偏屈なアーティスト「ヨーゼフ・ボイス」のかつてのアイデアに、いま耳を傾けて、新しい社会の姿を考えてみるのもいいかもしれない。

 人はいつも現にあるものから出発しなければなりません。そして現にあるものはますます多くの人にとって耐えがたいものであることが明らかになりつつあります。意識的にせよ、無意識的にせよ、ますます多くの人々が現在世界で確立されてしまったシステム、つまり西側の私有資本主義や東側の国家資本主義に反抗しつつあります。人間は本来的にこれら二つのシステムからの出口を求めているのですが、これら二つのシステムはますます統合されつつあり、それゆえに人間に対する集中的な抑圧体制が強化される傾向にあります。こう考えてくると、先ず第一のそして最も重要なことは、人間に一つの実際的な道を示すことです。即座には抜け出せられない悪魔的循環のように見える状況をどうすれば打ち破ることができるか。
 それはまだ多くの人達によって理解しがたいものなのですが、最も容認しうる、そして最も簡単に理解されうる道は、民主主義の道なのです。それゆえに私はすでに数年前から、人々がどのようにすれば立法に干渉できるかを学べるように、直接民主主義のための組織を創立したのです。それはとても簡単な技術です。理解しがたいものではありません。つまり、最初の一歩は、もう政党のボスを選ぶ必要はない、ただ単にもはや政党政治を支持する必要はないという認識なのです。
 それは最初の消極的処置です。つまりもう選挙しないということ。第二の積極的処置は、そのような選挙が行われるにしても、できるだけ特定のイニシアチブ・グループから出された法律提案にとどまるのではなく、国民投票にまで進むということです。いつも党の代表者を選ぶという慣らされた態度に参加しないということによって、現存する機構全体を内部から解体することが促進されるのです。しかしこの解体にとどまっている訳にはいきません。解体作業と同時に積極的な組織的運動を推し進めなければなりません、そして民主主義の内部ではそれが国民投票でしょう。それこそ、私たちが集中的に活動している事柄なのです。

『ヨーゼフ・ボイスの社会彫刻』ヨーゼフ・ボイスとのインタビューより抜粋

「恩地孝四郎」展を観る

すべての芸術作品がそうだというわけではないが、一つの作品の中には1冊の本以上の情報が詰め込まれている。あのミッシェル・フーコーの『言葉と物』が、ベラスケスの一枚の絵「待女たち」の分析から導かれたように。

onchi_tirashiH1_150dpi_CS4-724x1024東京国立近代美術館で開催されていた「恩地孝四郎」展を観る。400点もの作品が展示される大規模な展覧会だった。ひとつひとつ丁寧に見ていくには作品が多すぎて、出口にたどり着くころにはかなり疲れてしまった。

『月映』の木版画にみられるドイツ表現主義前衛=左翼的な構成主義に影響された作品から、油彩画のような表現を目指した「創作版画」への変遷、装丁作家としての成功と、戦前・戦中の “版画芸術を戦力化する” 日本版画奉公会の理事長就任による右傾化、終戦後のイデオロギーから離れるための抽象化など、日本の芸術界の苦難と妥協の歴史も感じることのできる展覧会だった。

恩地孝四郎に学ぶことは多い。木版画や装丁の可能性を切り開いた作家として、戦争協力を厭わなかった作家として、日本の美術史には欠かせない存在なのだから。

自民党はあえて違憲論者の長谷部を呼んだのだと考えなければならない


憲法審査会に違憲論者の長谷部を呼んだのは自民党がバカだからと思う人は落ち着いて考えてほしい。あえて呼んだのだと考えてみれば、ものすごく狡猾なテクニックだということに気づくだろう。やつらの目的は安保法制可決に留まっているわけではなく憲法改正なのだから。そして、ほとんどの反対野党が、この法案には『憲法改正が必要』だと、そして自衛隊の『合憲性』を声高に叫んでしまったのだ。もし戦争に反対したり基本的人権を守ろうとするのであれば、落選運動といった単なる政党間の権力闘争への加担ではなく、大政奉還以降の歩みに対する反省を込めた憲法の改憲阻止運動を始めるべきなのだ。安保法制が違憲であることに依拠して戦うことは、法案が可決されてしまった今、もう間に合わないのだから。

貨幣小説『親和力』

ずっと気がかりだったゲーテ『親和力』をやっと読む。古本の岩波文庫を手に入れたのは20年以上も前の話だ。ボードリヤールの翻訳などしている今村仁司の『貨幣とは何だろうか』によると「貨幣形式」の小説ということだが、ストーリー自体は恋愛とか結婚とか不倫とかプラトニックとか神話とか死とか犠牲とか救済とか、おまけに造園とかの貴族な話なので、小説をざっと読んだだけでは「貨幣」とのつながりを見出すことは難しい。制度にまつわる話ではあるのだが、その飛躍の中間にはベンヤミン『ゲーテ 親和力』があるのだろう。個人的にいわくつきの『親和力』だが、読み終えることができてよかった。ベンヤミンの『ゲーテ 親和力』を再読することにした。

ヤンキー主義の信仰告白

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神にある、雷が静電気であることを証明した「ベンジャミン・フランクリン」による『ヤンキー主義の信仰告白(フェルディナント・キュルンベンガー 命題)』これはもう高額紙幣一〇〇ドル札の肖像に使われるわけです。そしていまや増えすぎたお金をどうすることもできないで、国債の大量発行や無駄遣いさえ義務となっているわけですから、困ったものですが、貨幣経済の根源的思想がこういうものなので、仕方ないのかもしれません。

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 時間は貨幣だということを忘れてはいけない。一日の労働で一〇シリング儲けられるのに、外出したり、室内で怠けていて半日を過ごすとすれば、娯楽や懶惰のためにはたとえ六ペンスしか支払っていないとしても、それを勘定に入れるだけではいけない。ほんとうは、そのほかに五シリングの貨幣を支払っているか、むしろ捨てているのだ。
貨幣は信用だということを忘れてはいけない。だれかが、支払い期日が過ぎてからもその貨幣を私の手もとに残しておくとすれば、私はその貨幣の利息を、あるいはその期間中にそれでできるものを彼から与えられたことになる。もし大きい信用を十分に利用したとすれば、それは少なからぬ額に達するだろう。
貨幣は繁殖し子を生むものだということを忘れてはいけない。貨幣は貨幣を生むことができ、またその生まれた貨幣は一層多くの貨幣を生むことができ、さらに次々と同じことがおこなわれる。五シリングを運用すると六シリングとなり、さらにそれを運用すると七シリング三ペンスとなり、そのようにしてついには一〇〇ポンドにもなる。貨幣の額が多ければ多いほど、運用ごとに生まれる貨幣は多くなり、利益の増大はますます速くなっていく。一匹の親豚を殺せば、それから生まれてくる子豚を一〇〇〇代までも殺しつくすことになる。五シリングの貨幣を殺せば、それでもって生みえたはずの一切の貨幣――数十ポンドの貨幣を殺し(!)つくすことになるのだ。
支払いのよい者は他人の財布にも力を持つことができる――そういう諺があることを忘れてはいけない。約束の起源にちゃんと支払うのが評判になっている者は、友人がさしあたって必要としていない貨幣を何時でもみな借りることができる。
これは時にはたいへん役に立つ。勤勉と質素は別にしても、すべての取引で時間を守り法に違わぬことほど、青年が世の中で成功するために役立つものはない。それゆえ、借りた貨幣の支払いは約束の時間より一刻も遅れないようにしたまえ。でないと、友人は失望して、以降君の前では全く財布を開かぬようになるだろう。
信用に影響を及ぼすことは、どんなに些細なおこないでも注意しなければいけない。朝の五時か夜の八時に君の槌の音が債権者の耳に聞こえるようなら、彼はあと六ヶ月延ばしてくれるだろう。しかし、働いていなければならぬ時刻に、君を玉突き場で見かけたり、料理屋で君の声が聞こえたりすれば、翌日には返却してくれと、準備もととのわぬうちに全額を請求してくるだろう。
そればかりか、そのようなことは君が債務を忘れていない印となり、また、君が注意深いだけでなく正直な男であると人に見させ、君の信用は増すことになろう。
自分の手もとにあるものがみな自分の財産だと考え、そんなやりかたで生活しないよう気をつけなさい。信用を得ている人々が多くこの間違いをやる。そうならぬように、長きにわたって支出も収入も正確に記帳しておくのがよい。最初に骨折りを惜しまず小さなことまで書き記すようにすると、こういうよい結果が生まれるだろう。どんなに小さな支出でも積み重なれば巨額となることに気づくし、また何を節約できたか、将来は何を節約すべきかが分かるようになる。……
君の思慮深さと正直が人々に知られているとすれば、年々六ポンドの貨幣を一〇〇ポンドにも働かせることができるのだ。毎日一〇ペンス無駄遣いすれば一年では六ポンド無駄遣いすることになり、ちょうど一〇〇ポンドを借りるための代価となるのだ。自分の時間を毎日一〇ペンスの価値に当たるだけ(おそらく数分に過ぎぬだろう)無駄にすれば、一年には一〇〇ポンドも使える特権を無駄にしてしまったことになる。五シリングの価値にあたる時間を無駄遣いすれば五シリングを失い、五シリングを海に投げ捨てるのと少しも変わらない。五シリングを失えば、その五シリングだけではなくて、取引にまわして儲けることができたはずのその金額も全部失ってしまったことになる。――そうした額は、青年が年配となるまでには、そうとう大きいものになるだろう。

すでに目前に迫りつつある戦争を避けるために

「すでに目前に迫りつつある戦争を避けたい望みを口にするのもよい。だがその目的のためには、産業の延びなやみを合理的に解消するかたちで、或いはどうにも蓄積しようのないエネルギーを蕩尽する、非生産的事業のかたちで、過剰生産を転用することが必要である。」

ジョルジュ・バタイユ 『呪われた部分』

チェルノブイリ原発事故で放出された核エネルギーをソビエトはどのようにして、消尽したのかを考えると、自ら連邦国家を破壊する行為により、なし遂げたと言うことも出来るだろう。福島第一原発事故で放出された核エネルギーは、社会制度の境界を乗り越えカオスを出現させた。その過剰なエネルギーは未だに消尽されず、デモーニッシュな神話として現代社会に蘇り、ついに『戦争』が立ち上がる。「すでに目前に迫りつつある戦争」を避けるために、非生産的行為としての芸術による象徴の消費に可能性を見出すことも出来るのではないだろうか。

明るい未来見えず…原子力PR看板撤去へ

原発震災後にメディアで散見されることになった、双葉町の原子力PR看板。特に「原子力明るい未来のエネルギー」という看板と標語は、アウシュビッツ強制収容所の入り口に建てられた、「ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になる)」と直結する。昨年、原爆の図丸木美術館で開催された「今日の反核反戦展2014」にA3BC(反戦・反核・版画コレクティブ)で出品したバナーの一部としてシンプルな木版を作成した。空に漂う雲は エドヴァルド・ムンク「叫び」から引用した。

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2015年3月11日、東日本大震災から4年目を迎えた日、河北新報オンラインニュースに双葉町の原発看板撤去のニュース記事が掲載された。

「明るい未来見えず…原子力PR看板撤去へ」
東京電力福島第1原発の立地町で、全町民が避難している福島県双葉町は、原子力のPR看板を掲げた町内2カ所のゲートを撤去する方針を決めた。老朽化が理由。看板は、原発との共生を目指した町の象徴だった。帰還困難区域の町中心部で町道をふさぐように倒壊している家屋も除去する。
新年度の一般会計当初予算案にゲートの撤去費410万円と、家屋除去を含む町道環境整備費3200万円を計上した。
国道6号に面した町体育館前のゲートは1988年の設置で、表裏に「原子力明るい未来のエネルギー」「原子力正しい理解で豊かなくらし」と表記。役場入り口のゲートは91年に完成し、「原子力郷土の発展豊かな未来」「原子力豊かな社会とまちづくり」と書かれている。標語は町民から募集した。
ともに鉄骨やトタンで造られ、文字板はアクリル製。長期避難で管理ができず、腐食が進んだ。町復興推進課は「作業員や一時帰宅した町民の安全性を考え、撤去を決めた。標語の内容は関係ない」と説明。伊沢史朗町長は「保存は考えていない」と述べた。
撤去は夏以降になる見通し。いわき市に避難する男性(57)は「安全神話が崩れ、避難している町の現状を考えれば、看板の言葉はふさわしくないが、町の歴史を表してもいる。撤去は一つの節目で、複雑な気持ちだ」と話した。
道路に倒壊した家屋の除去は、旧国道の町道沿いにある11カ所が対象。所有者の了解を得た上で、道路にはみ出した部分を取り除く。地震や長期避難による老朽化で崩れた家屋は、無人と化した町の荒廃を物語っている。
河北新報オンラインニュース

そのまま無人の街に建ち続けさせるわけにもいかないのだろうが、こういう教訓はきちんと保存するべきと思う。

三陸海岸沿岸には200基もの津波記念碑が建てられていると聞く。
高き住居は児孫の和楽、想へ惨禍の大津浪、此処より下に 家を建てるな。

 

残像と無意識

どう考えても問題だらけの現政権の支持率があまり下がらないのは、ブレーンたちによる印象操作に依るところが大きいだろう。

イスラエルあべ
今回総理のイスラエル訪問での記者会見の写真、よく見ると演説台に五七の桐が貼ってある。こんなものを注意深く見たことがないので、なんとも言えないが、普通は訪問国の象徴的なマークがついているものだろうと思う。ここはどこですか?

イスラム国
記者会見前日に世界に発信されたイスラム国の邦人身代金要求動画のカット。総理の記者会見の写真と構図や醸しだすものが似ている。図らずも同時期にメディアに載ってしまったのだろうが、テロリズムとテロへの報復は同根だと無意識にでも理解する人たちは多いのではないか?

イスラム国02

 

 

退廃芸術と表現の検閲

031_1930_theredlist10月5日に東京藝術大学北千住キャンパスで、現代美術政治芸術研究会主催のシンポジウム「表現の規制と自由 —— ろくでなし子逮捕事件、そして、身体表現のポリティクス」が行われます。「わいせつ電磁的記録媒体頒布罪」で逮捕された、ろくでなし子や、愛知県美術館で写真展示中に警察の指導によって性器部分を隠さざるをえなかった鷹野隆大などの事例を元に、公権力の表現活動への介入の問題について議論するようです。

ちょうど版画がらみでドイツ表現主義について調べていて、『ドイツ表現主義の世界』の中にナチスが開催した「大ドイツ展」と「退廃芸術展」についての記述がありました。この二つの相反する展覧会を同時開催し、さらに「退廃芸術展」を18禁にして会期を一月も長くするところにナチスのプロパガンダの巧みさを感じます。

おそらくは生まれて初めて美術展というものに足を運んだであろうそれらの多くの人々にとって、自分たちが生活に喘いでいるときに、多くの税金がかくも愚劣な絵や彫刻に支払われていたことは、大きな驚きであり、激しい怒りを引き起こさないではいられなかった。この点は、展覧会を企画したナチス宣伝省の思惑どおりであった。

「退廃芸術家」の烙印を押されると、美術学校の教職に就いていた者はその職を追われ、所属団体を除名され、さらには作品の発表、売却までが禁じられ、ついには作品の制作そのものまでが禁じられるにいたった。

一時期、ドイツ表現主義の芸術家集団《ブリュッケ》に参加したことのある、ナチ党員の老エミール・ノルデさえも「退廃芸術家」の烙印を押され、一切の制作、画材購入禁止の通達まで下されたとの事。日本でも特に敗戦前は言論・芸術に対して、弾圧が行われてきましたが、美術作品に関してどの程度まで介入があったのか知りたいところです。敗戦後、これまでの検閲は知る限りでは「天皇・貨幣・性器」にとどまっていると思うのですが、流れによっては自由な表現すべてが規制されることも、今後ありうるのです。今は緩流に見えて、いつでも引き返せるように思えますが。