青の革命(イヴ・クライン)

現代アートのアーカイブサイトubuwebのTwitterではアーカイブの新着情報を知らせてくれる。
ヌーヴォー・レアリストにして薔薇十字会会員、柔道四段、ヤコペッティの似非ドキュメンタリーによって、34歳にして命を落としたイヴ・クラインのドキュメンタリー『The Blue Revolution』が追加された。


18歳の時に詩人クロード・パスカルと彫刻家アルマン・フェルナンデスと三人で「世界を分割」して、空と無限性を手に入れたイブ・クライン。
《クライン空を飛ぶ(空中浮遊)》《モノクローム絵画》《インターナショナル・クライン・ブルー》《空虚》《宇宙進化》《人体測定》《火の絵画》《空気建築》《非物質的絵画感覚地帯》
イヴ・クラインの作品にはすべてのアートの種が宿っているように思えた。

未完成

未完成という雑貨屋さんが素人の乱12号店の向かいにある。小さな店だが開放的でいつもキラキラしていて、高円寺北中商店街のランドマークになっている。商店会の新年会で何年かぶりに店主のふーちゃんと言葉を交わした。オープンから数年は大変だったけど今は軌道に乗っているとのこと。次の展開を考え始めているようだ。Twitterを見てみるとフォロワーが一万人を超えていて、素人の乱の誰よりも多い。「サブカル トーキョー」というWEBマガジンの記事も見つけた。ふーちゃんの人柄やヒカル君の「シランプリ」からのエピソードも描かれていて、いい記事だなと思う。2013年にふーちゃんや、その後ドイツに移住したニコさんと一緒に作った「高円寺北中夜市」の実況ビデオが懐かしい。北中夜市はまだ続いている。春になったら再開するだろう。

お願いフェアリー 再会はドラマティックに‼

あなたをこれ以上 愛するなんて わたしには 出来ない

テレサテンの「別れの予感」をYoutubeで聴く。

というのも、手伝ったイベントでトークしていた児童書作家「みずのまい」さんに『お願いフェアリー 再会はドラマティックに!!』という出版ほやほやのシリーズ最終巻を頂いたからだ。あとがきにも書かれてあるが、テレサテンの「別れの予感」が、この巻の通奏低音として流れているとのこと。小学生高学年の女子向けの小説で、とにかく装丁がキラキラしていて、敷居が高かったのだが、23巻も続いた小説を読まない手は無い。

主人公の名前は「水野いるか」。作家自身の、あるいはペンネームの名字を主人公に使うとはなかなか攻めてるなとか、名前の「いるか」はやはり「なごり雪」なのかとか、男子の「柳田貴男」は国男か邦男へのオマージュなのかとか、小学生の頃を思い出して、同級生に淡い恋心を持ったことや、だからといって恋愛することなど考えたことは無かったなとか、少年ドラマシリーズを欠かさず観ていたことや、中学生の頃には萩尾望都とかの少女SF漫画を読んでいたなとか、いろいろ浮かんでくる。今を生きる子供たちの聖域に足を踏み入れるようで複雑な気持ちにもなるが、小さな女の子と背の高い純朴な男子という、みつはしちかこ『小さな恋のものがたり』を代表とする定番キャラクターの恋を描きながら、子どもたちに必要な哲学と、先の見えない現代社会を生き抜く知恵と希望を込めた良い本です。

トークで「どんなおばあさんでもテレサテンを歌うと必ず色っぽくなる」とみずのさんが語っていたのが印象的でした。

晴天の午後の太陽

デジタルカメラと違って、フィルムカメラはフィルムを撮り終えて、現像に出すまで写真を見ることが出来ない。街の景色でも撮ろうかと、荻窪駅あたりを散歩していると、環八の立体交差の車道にお婆さんが倒れていた。頭から少し血が流れている。数人の通行人が囲んで気遣って声をかけたり、救急車を呼んだりしていた。どんな人でも倒れている人を見捨てることは出来ないのだ。

アルフォンソ・リンギスは『何も共有していない者たちの共同体』でこう述べている。「人が出かけていくのは、そこに行くように駆り立てられるからだ。人は、他者が、彼または彼女が、ひとりきりで死んでいくことのないように出かけていくのである。」

通りかかった訪問診察帰りの看護師が、手を血だらけにしながら手当てを始めた。朦朧としていたお婆さんの意識も次第に戻り、看護師との言葉の受け答えが出来るようになる。もう大丈夫だ。しばらくすると救急車がやってきて、お婆さんは病院へ向かった。こんな時にシャッターを押すことの出来ない自分にジャーナリスト魂は無い。

1960年、右翼少年、山口二矢が講演中の社会党委員長の浅沼稲次郎を刺した時、その決定的な瞬間を写真に収めたカメラマンを責める言説があった。なぜ、カメラを投げて、襲撃を止めようとしなかったのかと。彼はジャーナリストとしての仕事を果たしただけだったろうに。そしてその写真は1961年のピュリツァー賞を受賞した。

救急車を見送った後に、それぞれ声を掛けながら、それぞれの日常に戻る。アスファルトに滲んだ血を背にして、晴天の午後の太陽に光る駅前のビルに向かってカメラのシャッターを押した。

子どもだった頃ぼくは太陽が好きだった。目をつぶって、まぶたの隙間から見ると、まっ赤だった。太陽は怖ろしかった。爆発を連想させた。まるで光が爆発したように、舗道の上に流れている血以上に太陽的なものがあっただろうか?
ジョルジュ・バタイユ『青空』

Animals

アメリカのケーブルテレビ〈HBO〉で放送されていた「Animals」をネットテレビで見る。 〈HBO〉 は先進的なケーブルテレビ(だった?)らしい。ニューヨークのセントラルパークあたりに暮らす動物たちの、とてもファックなアニメだ。シーズン2ではマッドサイエンティストがニューヨークの人間たちを全滅させ、動物王国となって終わるのだが、ニック・ヘクサムというミュージシャンがその「人生はレースじゃない」という曲にある「エントロピーは止められない」という歌詞の意味をネズミのフィルに問う。「すべてのものは混沌や無秩序や腐敗に徐々に向かっていくんだ」ニック・ヘクサムは「311」というバンドのボーカルなのだ。もちろんアニメを製作した連中は「フクシマ」を意識しているわけではないだろう。昨年、福島県で捕獲されたイノシシは3万頭を超え過去最多となったという。

タバコと平和

ある方から今年のお年賀にピース缶をいただいた。両切りタバコはワイルドだ。何を思って贈ってくれたのかわからないのだが、自分の関わっていることに繋がっていたりもするのが面白い。65年前にビキニ環礁での米軍による水爆実験で第5福竜丸など日本の漁船や現地の人々が被爆した。その事件を受けてここ杉並を発祥とする水爆禁止署名運動が興ったのだ。その署名運動のポスターは初めのデザインでは原子雲と原爆ドームが描かれていたらしい。水爆禁止署名運動杉並協議会議長の安井郁は「私たちは原水爆の脅威から来る暗い面よりも、その禁止から来る明るい面を強調することを心がけました。明るい未来を目指す運動においてこそが、民衆のエネルギーは大きく盛り上がるのです」と考え、ピースの箱の青を基調に文字だけのデザインに変更したそうだ。今回杉並で初展示する丸木位里・俊の描いた原爆の図第10部《署名》はその明るさやナショナリズムを感じさせるモチーフに対して当時、批判を受けていたのだが、水爆禁止署名運動の意思を受けてのものだとしたら、《署名》の絵は平和への意思がこもった希望を感じさせるものになるはずだ。

今年の三月に開かれる《署名》展示イベント「原爆の図第10部《署名》を見よう」の情報は https://peace-suginami.org/ をご覧ください。

散歩

12月11日火曜日、究極Q太郎さんを講師に、FAUレクチャー『世界が梃子でも動かせないなら~歩こう』を行う。『横断して』をテーマにお願いし、「散歩」について話してもらうことになった。ホッチキス止め詩集『蜻蛉(あきづ)の散歩〜散歩依存症〜』を頂いた。かつての生活圏だった国分寺から小平の散歩の詩もあった。当時の風景が頭に浮かんでくる。以前はよく散歩をしていた。住処の周辺をあてもなく歩くと、いろいろな発見がある。散歩をしようと思った。詩は書けそうにないので、写真を撮りながら歩いてみる。感覚の更新を感じる。撮影した写真をウェブサイトのテーマを変えて公開した。
https://www.artnomad.net/category/photograph/strolling/

太陽とゴッホの耳

 まえがき

 許されていないことは起こりえない。日々、様々な事件が起こり、問題は無くなる気配を見せないが、それらは人間に許されている事柄なのだ。戦争も革命もすべては許されている。主神ゼウスが人間から取り上げた火を盗みとり、慈悲のこころで人間のもとに届けたプロメテウス。人類はその火を使って武器を作り戦争を始める。罰として英雄は山頂に縛り付けられ肝臓を鷲についばまれ続け、プロメテウスの火は原子の青い光となる。資本主義社会の中ではその火を吹き消すことは許されてはいない。人びとを奴隷とするために、軍隊と共に生産=消費のサイクルを見守っているのだ。

 共同体への要請は途絶えることがない。みんなどこかに属したいのだ。たとえそれが隷属に繋がるとしても、人びとは共同体を求めて彷徨い生きる。その中でやっと自分の立ち位置=アイデンティティを確立するのだが、実際の共同体は自己実現を可能にする場所ではなく、自己を投棄する地点なのだ。
 近代において、一人の人間の個人としての規定、産業革命による民衆の移動や資本主義によるプロレタリアートの出現によって、これまでの共同体の解体、再組織化が行われた。自然や人とのつながりを奪うことによって再組織化された共同体は、精神的なつながりよりも経済的な交換によって成り立つものだったために、共同体そのものが失われつつあるという危機感を持つことになり、共同体への強い要請が生まれた。
 帝政ロシア末期に、文豪トルストイによる共同体運動が起こった。キリスト教の教義をもとに国家や私有財産を否定しつつ非暴力革命によって理想世界を実現するという運動だ。トルストイ運動の広がりによってコロニーと呼ばれる共同体が各地に出来る。そこではトルストイ主義の実践が行われ、ロシア革命にも影響を及ぼすことになる。共産主義革命が世界で起こることによって、国家は無くなり、戦争も消え去るはずだったが、国家は全体主義へと変節してゆく。国家の脆さを知った民衆は強い国家を期待するようになったのだ。

 

 

明治大学《特定課題講座 風に吹かれて テントは世界を包む2018》

今日、6月11日(月)から始まる《特定課題講座 風に吹かれて テントは世界を包む2018》明日、6月12日(火) に「神話と共同体《プロメテウスとしてのヴァン・ゴッホ》」として、ゴッホの共同体についてお話しします。

特定課題講座の期間中は毎日興味深い講座が行われます。ぜひ「野戦之月」のテントに出現する一時的共同体を体験してください。

※「野戦之月」は舞台で火を使うことが特徴ですし、演出家の桜井大造さんはプロメテウスなのかもしれません。

日 時:6月11日(月)~6月16日(土) 18時半開場 19時スタート
会 場:明治大学和泉キャンパス(京王線明大前駅徒歩5分)、第三校舎前特設テント
主 催:明治大学大学院教養デザイン研究科
協 力:テント劇団「野戦之月」

○入場無料・事前申込不要

6月11日(月)講演「自分を好きになる禅のヒント」
講師:笠倉玉渓(人間禅)
コメンテーター:本間次彦(本研究科「思想」コース/東洋哲学)

6月12日(火) 講演「神話と共同体《プロメテウスとしてのヴァン・ゴッホ》」
講師:上岡誠二(芸術活動家)
コメンテーター:岩野卓司(本研究科「思想」コース/フランス現代思想)

6月13日(水) 講演「セトラー・コロニアリズムとアメリカ合衆国——
            不可視化される先住民族と核開発」
講師:石山徳子(本研究科「平和・環境」コース
コメンテーター:森永由紀(本研究科「平和・環境」コース/気候学・環境科学)

6月14日(木) 学術ワークショップ「石川啄木を語る夕べ—留学生の報告と映画等を通して—」
コーディネーター:池田功(本研究科「文化」コース/日本近代文学)
報告書:劉怡臻(本研究科後期課程)、応宜娉(本研究科博士前期課程)
コメンテーター:井上善幸(本研究科「思想」コース/ヨーロッパ文学及び哲学)                          
6月15日(金) ドキュメンタリー映画+討論会「大テント—想像力の避難所—」
監督:陳芯宜(映像作家、台湾テント劇団「海筆子」メンバー
コーディネーター:羅皓名(本研究科博士後期課程、「海筆子」メンバー)
コメンテーター:丸川哲史(本研究科「平和・環境」コース/ナショナリズムと知識人)
    
6月16日(土) 試演会ワークショップ(テント劇団「野戦ノ月」+本研究科教員&院生)
「イーハトーヴの鍵」
脚本=森美音子、ばらちづこ、丸川哲史、監修:桜井大造
ワークショップ指導:桜井大造(「野戦ノ月」演出家)

神話と共同体《プロメテウスとしてのヴァン・ゴッホ》

今年の1月に自由芸術大学で「知られざる共同体──ゴッホと画家組合」というタイトルでレクチャーを行った。続編として、今年の6月12日に明治大学教養デザイン研究科の特定課題講座「風に吹かれて テントは世界を包む2018」の中で「神話と共同体《プロメテウスとしてのヴァン・ゴッホ》」と題した講演を行うことになった。機会を作ってくださった企画者の丸川哲史さんに感謝します。

ギリシャ神話の英雄〈プロメテウス〉は神々の火を盗み人間に与えた。炎の画家〈ヴァン・ゴッホ〉は1880年12月23日、左耳を自分の身体から盗みとり、ひとつの太陽としてわたしたちに贈与した。共同体を夢見て「人間たちの血にまみれた神話」となったゴッホの太陽に焼かれて、いくつもの試みが行われた。その情動と可能性をバタイユの体験や白樺派の情熱を手がかりに考えたい。

明治大学の校内に建てられた、劇団「野戦之月海筆子」のテントは象徴としての共同体なのかもしれない。いや、劇団はひとつの共同体だろうし、テントの中で俳優と観客は一体となる。「野戦之月」の演劇に特徴的な「火」は〈プロメテウスの火〉であり、そのテントは赤瀬川原平の「宇宙の缶詰」のように宇宙を包み込む。宇宙への入り口となったそのテントに入った人々は「人間たちの神話」に押されて、宇宙に飛び出すのだ。

☆バタイユ研究も行っているフランス現代思想の岩野卓司さんにコメンテーターとして登壇いただけるのも楽しみ。

2018年6月12日(火)19:00/18:30開場
明治大学和泉キャンパス特設テント


特定課題講座「風に吹かれて―テントは世界を包む 2018」

6月11日(月)~16日(土) 毎回18時半開場19時スタート 
明治大学和泉校舎特設テント(毎回無料、事前申し込み不要)
主催/明治大学大学院教養デザイン研究科 協力/テント劇団「野戦之月」

6/11(月) 
講演「自分を好きになる禅のヒント」講師:笠倉玉渓(人間禅)
禅は自己の位置づけを「縁起」という調和理論に見出し、全体と自己との関係性を明らかにする。他者承認に頼る若者の漠然とした不安感へのヒントとして禅を紹介したい。

6/12(火) 
講演「神話と共同体《プロメテウスとしてのヴァン・ゴッホ》」講師:上岡誠二 (芸術活動家)
共同体を夢見て「人間たちの血にまみれた神話」となったゴッホの太陽に焼かれて、いくつもの試みが行われた。その情動と可能性をバタイユの体験を手がかりに考えたい。

6/13(水) 
講演「セトラー・コロニアリズムとアメリカ合衆国――不可視化される先住民族
と核開発」講師:石山徳子(教養デザイン研究科「平和・環境」コース)
アメリカの核開発を、先住民族の身体と文化の「消去」を前提にしたセトラー・コロニアリズムの構造と連動したプロセスとして捉える。

6/14(木)
学術ワークショップ「石川啄木を語る夕べ―留学生の報告と映画等を通して―」
コーディター:池田効(教養デザイン研究科「文化」コース)
石川啄木は、18ヶ国に翻訳されている国際的な文学者でもある。大いに啄木について語っていただく夕べにしたい。

6/15(金)
ドキュメンタリー映画+討論会(「大テント―想像力の避難所―」)
監督:陳芯宜(映像作家、台湾テント劇団「海筆子」メンバー)
コーディネーター:羅皓名(教養デザイン研究科博士後期課程、「海筆子」メンバー)
コメンテーター:丸川哲史(教養デザイン研究科「平和・環境」コース)
テント劇は台湾において「想像力の避難所」となった。「台湾海筆子」によるテント活動の台湾での十年に渡る足跡、及び日本や北京などにおける活動の軌跡について紹介します。

6/16(土) 
ワークショップ試演会「イーハトーヴの鍵」 (テント劇団「野戦之月」+教養デザイン研究科教員&院生)  脚本=森美音子、ばらちづこ、丸川哲史、監修=桜井大造
かつて古代中国人は「天」を正円として、「地」を正方形としてイメージしていました。今回の試演会はそのような、人類の原初的感覚にいざなう試みとなるでしょう。