遠藤麻衣 SOLO SHOW「アイ・アム・フェミニスト !」

feminist映像で流れているのは、役者でもある遠藤が演じるピカソの「泣く女」。セリフは女性雑誌に載っていそうな男社会に対する悩みである。その映像の前で演説のパフォーマンスをする遠藤は、ピカソの私生活を題材に男性社会の矛盾を語る。ドアの向こうでは、今回の作品を作った経緯が、本展覧会コーディネーター河口との「テラスハウス」風ガールズトークの映像で暴露される。しかしフェミニストをモチーフとしてピカソを方法とした全ては芝居である。フェミニストを揶揄する表現をする私を揶揄するアイ・アム・フェミニスト! その物語はメビウスの輪のように反転しながら、自己言及を行うことで作品となる。そのストーリーから逸脱し、いわゆる「シミュラークル」なフェミニスト劇場に「リアル」を持ち込んでいたのが、遠藤と演劇集団「二十二会」を主催する演出家の渡辺が紙粘土で作った、ギャラリーのドアガラスに貼られた展覧会のタイトルと、「テラスハウス」風に撮影された食事風景に出されていた、河口が炊飯器で作った生々しい「蒸し牛」だ。

日程:2015年3月22日(金)〜3月31日(土)12:00-20:00(水曜日定休)
オープニングレセプション:3月22日 (日) 18:00~
会場:ギャラリーバルコ
入場:無料
協力/作家コーディネート: 河口遥
詳細:http://g-barco.sblo.jp/article/114059032.html

池袋モンパルナス

宇佐美 承『池袋モンパルナス』を読む。靉光から丸木位里まで、戦前に池袋にたむろしていた絵描き/美学生の間抜けな日常が赤裸々に描かれていて面白い。

 しかし時代はすでに、自由とか前衛とかといったことばをゆるさなくなっており、最前衛のシュルレアリスム集団「美術文化協会」は弾圧をうける。軍は愛国心を鞭に、すでにとぼしくなっていたえのぐを飴に、協力をもとめた。絵かきは本来、理で考えることをしないから、あの戦争を侵略戦争だと理解していたものは当然例外で、描きたさ一心で応じたものは少なからずいたし、聖戦と信じて勇躍馳参じたものもいた。
 しかし、絵描きはいっぽうで、画一の世界をきらう人たちだから、大部分のものは、しぶしぶと、あるいはテレ臭げにしたがっていた。なかには厭戦の気持ちを内に秘めて、貝のようにおし黙っているものもいたし、二、三のものは、わずかに皮肉をこめた絵や、ひたすら自己を凝視する絵を描いていた。つまり、かれらの大部分は、軍事国家にとって役立たずであった。
『池袋モンパルナス』 宇佐美 承 集英社 1990