イノカシラフラスコモ

愛媛県松山市の実家の近くに、かつて 「松田池」というため池があった。子どもたちの格好の遊び場だったのだが、松山大学が買い取って埋め立てグランドにしてしまった。今は「松田池跡」の石碑があるだけだ。東京に出てくるまでの間に二回ほどかいぼりをしていたと思う。「水のない池」というのは不思議なものだ。いつもはヘラブナ釣りの糸を垂らしているその底を恐る恐る友だちと歩いた。

武満 徹氏の美しいエッセイのひとつに、狭山湖について書かれているものがあります。ダムによる人工湖である狭山湖の近くに暮らす武満氏が、清掃のため水を抜いた湖底をながめているときに、かつて水に沈んだ村の面影のなかに一本の小川の流れを見つけます。湖水に埋もれていても川は川として流れている事に驚き、この世界の深淵さや永遠性をあらためて認識します。そして、満たされた湖面からは見る事さえできないその小川は、湖底で静かに流れているだけではなく、その流れこそが湖を作り出す源流なのです。

武蔵野市にある「井の頭池」が三回のかいぼりの後に、固有種「イノカシラフラスコモ」が復活したそうだ。60年ぶりとのこと、近いうちに寄ってみようと思う。「松田池」のかいぼりは自然保護運動でもなんでもない、ため池では当たり前の泥さらいだったが、空気が変わったような記憶がある。秋の夕日に光るススキが懐かしい。