民衆芸術運動(35)

金井正は山本鼎に出会う二カ月前、大正四(一九一五)年十一月に、西田幾多郎・田辺元のいわゆる京都学派の影響下に執筆した哲学書『霊肉調和と言う意義に就て』を自費出版し、哲学による社会主義的理想の実現を模索している。 その中で […]

Read More

民衆芸術運動(34)

シベリア鉄道でユーラシア大陸を横断し、大正五(一九一六)年十二月二八日に神戸港に着いた山本鼎は、信州大屋の実家で正月を迎える。招かれた青年団の歓迎会で、後に民衆芸術運動を一緒に行うことになる金井正と知り合う。金井家は養蚕 […]

Read More

民衆芸術運動(33)

山本鼎がモスクワに着いた頃は、日露戦争の敗戦、続く第一次世界大戦の苦戦とツァーリ政府の失策による物不足とそれに伴う物価の高騰で、インテリゲンチャ、労働者、農民の不満は高まる一方だった。鼎は両親への手紙に物価の高さを嘆き「 […]

Read More

Kona Linux Black

現在(唯一の)インターナショナルでアナキズム的な相互扶助が生きているLinux。日常のPC利用がスマホで間に合うようになった今こそ、新しいOSのPCを買うのはやめて、持っているPCにLinuxをインストールする時だろう。 […]

Read More

民衆芸術運動(32)

モスクワのメディチといわれた大富豪サッヴァ・マーモントフが、ウィリアム・モリスのアーツ&クラフツ運動の影響を受け、一八七〇年にモスクワ北部のアブラムツェボに別荘を購入し「美術家連盟」を設立、中世ロシア美術の復興を目指した […]

Read More

民衆芸術運動(31)

山本鼎滞欧中の大正三(一九一四)年には第一次世界大戦が勃発している。ドイツ軍によるパリ空爆などもあり、山本鼎は数か月間ロンドンに避難していたこともあった。それでもパリに戻り、エコール・ド・ボザールに通いながら美術の勉強に […]

Read More

民衆芸術運動(30)

 父親のつてなども頼って、なんとか旅費を捻出した鼎は、明治四五(一九一二)年、神戸港からフランスに向けて旅立つ。最初の寄港地門司で早速女を買った。上海、香港、ペナン、ポートサイドと船が寄港するたびに、酒を飲み、様々な国の […]

Read More

2017年のキーワードは『民衆芸術』

最近、思いついてブログで書いている民衆芸術論の第一部「黒耀会」が出来たので、冊子用に手直しして、『A3BCブックレット』!!の第1号として、24ページのジンにしました。デザインとレイアウトはイレギュラー・リズム・アサイラ […]

Read More

『クロポトキン芸術論』加藤一夫

むかし、加藤一夫という詩人、評論家がいた。明治20(1887)年に和歌山で生まれた彼は、田辺中学時代に新しく赴任してきた校長の排斥ストライキ運動を起こす。退学、和歌山中学への復学を経て、和歌山のキリスト教会に出入りし、洗 […]

Read More

民衆芸術運動(29)

『東京パック』には風刺・風俗漫画を描き、『方寸』では自然主義・リアリズム的な版画を作り、『パンの会』では反自然主義・耽美的な詩人たちと交流・遊興していた山本鼎は、失恋の痛手もあり、その矛盾が重荷となって『方寸』への寄稿も […]

Read More