山頭火を生きる:三月廿三日

おくれて九時ちかくなつて宇品着、会社に黙壺君を訪ねる、不在、さらに局に澄太君を訪ね、澄太居に落ちつく、夫妻の温情を今更のやうに感じる。
樹明、白船、せい二、清恵、澄太、等、等、等、春風いつもしゆう/\だ、ぬくい/\うれしい/\だ。
夜は親しい集り、黙壺、後藤、池田、蓮田の諸君。
近来にない気持のよい酒だつた、ぐつすりと眠れた。

山頭火を生きる:三月廿二日 徳山から室積へ。

晴、朝早く駅へかけつけて出立。
物みなよかれ、人みな幸なれ。
八時から一時まで白船居、おちついてしんみりと別盃を酌んだ、身心にしみ入る酒だつた。
駅の芽柳を印象ふかく味はつた。
白船君の歯がほろりと抜けた、私の歯はすでに抜けてしまつてゐる。
汽車からバスで室積へ、五時から十時まで、大前さん水田さんと飲みながら話す。
十二時の汽船(商船愛媛丸)で宇品へ、春雨の海上の別離だ。
船中雑然、日本人鮮人、男女、老人子供、酒、菓子、果実、――私は寝るより外なかつた。
庵はこのまゝ萠えだした草にまかさう
そして私は出て行く、山を観るために、水を味ふために、自己の真実を俳句として打出するために。
・ふりかへる椿が赤い
其中庵よ、其中庵よ。
 わかれて春の夜の長い橋で
 木の実すつかり小鳥に食べられて木の芽
・こんやはこゝで涸れてゐる水

山頭火を生きる:三月廿一日 (東行記)

春季皇霊祭、お彼岸の中日、風ふく日。
樹明君から酒を寄越す、T子さんが下物を持つてくる、やがて樹明君もやつてくる。……
出立の因縁が熟し時節が到来した、私は出立しなければならない、いや、出立せずにはゐられなくなつたのだ。
酔歩まんさんとして出かける、岐陽君を訪ねる、酒、さらに呂竹さんを訪ねる、そしてFをSを訪ねて酒。
とう/\出立の時間が経過してしまつたので、庵に戻つて、さらに一夜の名残を惜しんだ。

山頭火を生きる:三月十四日

曇、白い小さいものがちら/\する。
老遍路さんがやつてきた、珍客々々。
身辺整理。
しづかに読書してゐると、若い女の足音がちかづいてきた、女人禁制ではないが、珍らしいなと思つてゐると、彼女はF屋のふうちやんだつた、近所まで掛取りにきたので、ちよつと寄つて見たのだといふ、到来の紅茶を御馳走した、紅茶はよかつたらう!
夕方、約の如く敬治君が一升さげて来てくれた、間もなく樹明君が牛肉をさげて来た、久しぶりに三人で飲む、そして例の如くとろ/\になり、街に出かけてどろ/\になつて戻つた。

・雪ふりかゝる二人のなかのよいことは
・雪がふる人を見送る雪がふる
・この道しかない春の雪ふる
・ふる雪の、すぐ解ける雪のアスフアルトで
・かげもいつしよにあるく
・けふはこゝまでの草鞋をぬぐ
・椿咲きつづいて落ちつく