ロシア革命一〇〇年

オスカル・ラビン〈魚とプラウダのある静物〉1968

今年はロシア革命一〇〇年にあたるということですが、政治やマスメディア、アカデミズムの場においてほとんど触れられていないのではないだろうか?グローバリズムの反動として盛り上がってきたナショナリズム的なエートスの中では、触れてはいけないものなのなのかもしれない。自由芸術大学でロシア革命一〇〇年ということでロシアアートについてのレクチャーをやったらどうかと某元現代思想編集長に提案され、準備を進めています。ソビエト時代には「非公認」とも「反社会」ともいわれる芸術があったようで、ソビエトアートを語る上で欠かせないタームのようです。それが国家の承認なのか、資本の承認なのか、コレクターの承認なのかという違いはあるにせよ、「公認芸術」と「非公認芸術」という差別はソビエトに限らずどこにでも、そして今でもあるのでしょう。

 ロートチェンコとその仲間の構成主義者のフォトモンタージュに関する初期の実験では、芸術的対象を見慣れぬものにするための異化効果の使用は、伝統的な再現描写的画法とそれに対する受け手の側の期待を打破すること、および、受け手の眼を、再現されモンタージュ化された対象の直接的経験から、芸術過程それ自体へと、さらには芸術の生成過程における諸条件へと振り向けることを同時に狙っていた。依然として社会主義リアリズムを支持し、既存の芸術に取って代わろうとする生産主義的芸術のアヴァンギャルディズムにひきつづき反感を示す規範の下で、こうしたモンタージュ技法やモダニズム的異化効果の使用は危険なまでに破壊的な創作態度とみなされた。だとすれば、芸術的生産の諸条件を表現するためにはそうした技法を使用し続ける芸術の多くが「非公認」の状態に甘んじたというのも、おそらく驚くにはあたらないだろう。
 そのような「非公認」芸術はまたほとんど常に、芸術的生産の対象を明示し再現することと同様、芸術的生産の「方法」を説明することに関心を払っていた。そうすることで、「非公認」芸術はさらに、リアリズム芸術は「鏡に映すように」対象を再現しうるとよく言われるが、鏡それ自体を再現することにはほとんど関心を示してこなかった、ということを明らかにしたのである。
「失われた美学 マルクスとアヴァンギャルド」マーガレット・A・ローズ

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