委縮効果が起きると私自身が信じていることを表明できなくなる

プライバシーは何かを隠すためにあるのではない。プライバシーは何かを守るためにあるのです。それは個です。個人には自分が信じるところを決定して表現するまでに、他人の偏見や決めつけを逃れて、自分自身のために考える自由が必要だ。そういう意味でプライバシーは個人の権利の源なんです。プライバシーがなければ表現の自由は意味をなさない。プライバシーがなければ、言いたいことを言い、あるがままの自分ではいられない、だからプライバシーがなければ、自分は個として主張することはできない。 エドワード・スノーデン

監視社会の問題について、分かりやすい小笠原みどりさんの話。