原水爆署名運動と公民館

図書館で予約していた『原水爆署名運動と公民館』が準備出来たというので借りに行く。「公民館を存続させる会」が作成した、水爆禁止署名運動杉並協議会の議事録や機関紙などのコピーを一冊の本にまとめたものだ。切れていたり、読み取れない文字もあるが、タイプしてデータ化できればいいと思う。計画中の事業の中で出来ないだろうか?今は体育館に変わってしまった中央図書館の隣の公民館、公民館の館長だった国際法学者、安井郁(やすい かおる)は水爆禁止署名運動杉並協議会の議長となり、初代理事長となった原水協が分裂するまで、原水爆禁止運動の第一線で活躍する。原爆の図の丸木夫妻とも親しくしていた。安井郁の追悼文集に丸木俊の寄稿があった。

 あれは、一九七〇年だったと思います。『原爆の図』を持って、アメリカに行かなければならない、それにしては少しお金が足りないので、「先生どうしたらいいでしょうか」と相談に行きました。そうしましたら安井先生は「よし、わかりました」とおっしゃって、ちゃんと背広をお召になって、ネクタイをきちんとお結びになりまして、有楽町の街頭に立ってくださったんです。奥様もご一緒に立ってくださいました。そして、大きな大きな声で、ほんとに大きな声で「『原爆の図』を、原爆を落とした国のアメリカの人たちに見てもらうために、アメリカの人々と一緒に考えるために、みなさまのお力で送り出してやってください」とおっしゃってくださいました。私の方は、何だかはずかしいような気がして、小さくなっていますのに、先生のお姿と奥様の様子を見ていましたら、はずかしがったりなんかしている私の方が、やっぱりおかしいんだと思いました。あの時の先生の真面目な態度には、ほんとにびっくりしました。そのお陰でわたしたちは、『原爆の図』をかついでアメリカに渡ることができたのです。
『道-安井郁・生の軌跡』法政大学出版局、1983年 「街頭に立たれてー丸木俊」より抜粋

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