切りとれ、あの祈る手を

「藝」という字について考えてみたことがある。

ここで「藝」という漢字を見てみましょう。くさかんむり、りく、まる、うん。で出来ています。これはどういうことかというと、うん。これは、気をあらわします。気とは命のもと、たましいのようなものではないでしょうか。りくとまるで、これは地球を表します。草冠はくさ。地中から表面の殻を破って現れるものです。藝術とは、大地の気を草を育てるように表現することではないでしょうか?

たまに覗いてみる荻窪のブックオフで、佐々木中『切りとれ、あの祈る手を』が500円だったので購入する。新刊発売の時に少し話題になっていた覚えがある。けっこうめんどくさい奴かもと訝りながらも読み進めると、「この本でも「藝」の文字を使用することにしたいと思います。」と書いてある。親近感を持った。

藝の字と芸の字は意味が逆なんですね。藝は、草木を植えるという意味である。芸は草木を刈る、雑草を刈るという意味です。

この本で彼がいいたいのは、文学としての法を書き直し、定義し直すことが無比なる革命なのだが、まさにその800年前の革命(中世解釈者革命)によって、すべてが情報となり革命が暴力化したのだと。そこで藝術に賭ける。それ以外ない。ということだと思うのですが。

われわれの文学に終わりはない。われわれの藝術は終わらない。どんなに泣き叫んでも追われない。断じて。われわれの読み書き歌い踊り描き語る。この無限の営みは終わることができない。それ自体がわれわれの意味であり、人類が生き延びることそのものなのだから。

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