藝術と地球環境

自然と人間

ギルガメッシュ伝とイヨマンテ

 自然と人間のこの苦渋に満ちた関係は、文明と同時に発生しました。 紀元前3000年頃シュメールにおいて、世界で最初の都市文明というものが起こったとされています。メソポタミアの遺跡からギルガメッシュ王について書かれた叙事詩が発見されていますが、そこにはギルガメッシュ王がフンババという森の守神を殺害する物語が記されていて、文明の起源に環境破壊という原罪があるということを、この叙事詩から読み取ることが出来ます。地球が有限で、十分に狭いという事を人類が気づきはじめた現在、技術と環境破壊について根源から捉らえ直すことが必要です。たとえばアイヌやアボリジーニやインディアンなどの自然の捉え方を考えてみます。狩猟採取の民であった彼らは、自然との共存ということを考えなくてはなりません。 現在の生活では自然との共存というよりは、自然の支配、管理というものが大切になってきますが、かれらは自然と、どのような関係を結んでいたのでしょう。それを梅原猛氏はイヨマンテの祭りに、共生と循環の哲学を見出すことによって説明しています。

 アイヌにとって多くの動物は、本来人間と同じものなのである。それは、魂の故郷である天においては、人間と同じような形をし、人間と同じような社会生活を送っている。それがたまたま人間の世界にマラブトすなわち客人となって出現したとき、それは、ハヨクベすなわち偽装をしているのである。熊は熊の、樹は樹の仮装をしているにすぎない。何のために。 人間にミヤンゲをもたらすために。  ミヤンゲとはアイヌ語で「ミ」すなわち身、「ヤンゲ」あげるということであり、日本語の「みやげ」はそこから出ているのであろうが、その真の意味が分からなくなったので、土産という字があてはめられたのであろう。動物はミヤゲをもって天から人間をおとずれた天からの客人であり、それゆえこの客人を大切にもてなし、そしてこの客人の意思に従ってその身をいただき、その客人の霊を天に送り返す。それがアイヌのイヨマンテ(イ=それ、熊の霊、オマンテ=送る。熊の霊を送る)の祭りなのである。そしてイヨマンテの祭りは熊ばかりでなく、人間にとって大切な役目をする多くの動物についても行われるものである。もちろん、このような世界観に人間の我意が含まれていることは否定できない。熊や樹に、あなたがたはミヤンゲをもっておとずれた客人かと問うなら、彼らはおそらく、いやいや、私たちはそんなものではありません、人間に殺されるのはいやですというにちがいない。しかし、私はそれは本来人間と同じ魂をもった動物を殺さねば生きていけないというこの人間存在のパラドックスを説明するために、人間が長い間かかって発明した哲学なのではないかと思うのである。私はこの哲学の方が、人間は動物にない知性をもっているので、動物を自分の意のままに支配し殺戮する権利をもっているという哲学よりはるかに健全であると思うが、人類は後者の哲学を前者の哲学に替えることによって巨大な文明を作ったことは間違いない。
——梅原 猛『共生と循環の哲学』 小学館 平成6年

トーテミズムと主客合一

 ここに描かれているのは、トーテミズムの物語であって、それは原始信仰において、特徴的なものです。各地方、時代、事例、その捉え方でトーテミズムの解釈の違いは有りますが、人間と動物、植物や山や川、さらには鉱物にいたるまで、それらの魂と人間の魂に区別は無く、しかも互いに行き交うものであるという思考が、そこにはあります。さらに、それらの思考は、トーテムを突き抜け全宇宙との繋がりを、人間の本性において持つ事を可能にしていたのではないでしょうか。干支や星座に動物の名が使われているのは、その名残りかもしれません。現存する最古の藝術作品である、ラスコーやアルタミラの洞窟画にみられるように、人間がはじめに藝術のモティーフに選んだものは「動物」であり、古代の藝術からも、世界の人類の祖先がトーテミズムから発する「たましい」についての哲学を持ち、社会生活に生かし実践するだけではなく、表現という行為が伴っていたことがうかがえます。そこにあるのは、人間と自然は源泉を同じくした一族であるという共生の哲学です。それを「前思考」「野生の思考」ということばで、過去の遺物として切り捨てる事は簡単です。しかし、そのような「共生」の思考を置き去りにしたことで、現在の環境問題が発生していることは、まぎれもない事実として、私たちの未来に立ちふさがっています。それでは、もはやトーテムの思考は世界から消滅してしまったのでしょうか。トーテムポールや、動物や植物を主題としたオブジェを、世界各地の歴史にみる事が出来ますが、藝術のはじまりにおいて、トーテムポールのようなものが作られたという事実から考えると、現在も藝術はトーテムの思考を持ち続けているのではないでしょうか。たとえば、風景を写生した作品を観る事によって、「わたしは風景であり、風景はわたしである。」といった、主客合一が行われ、そこでは、「わたし」と「風景」は藝術を通して、ハイブリッドな多様体にメタモルフォーゼします。藝術の表現は自然や写生に限定されたものではないですが、抽象画や現代美術でさえも、根底にはそのたましいが流れているはずです。武満 徹氏の美しいエッセイのひとつに、狭山湖について書かれているものがあります。ダムによる人工湖である狭山湖の近くに暮らす武満氏が、清掃のため水を抜いた湖底をながめているときに、かつて水に沈んだ村の面影のなかに一本の小川の流れを見つけます。湖水に埋もれていても川は川として流れている事に驚き、この世界の深淵さや永遠性をあらためて認識します。そして、満たされた湖面からは見る事さえできないその小川は、湖底で静かに流れているだけではなく、その流れこそが湖を作り出す源流なのです。藝術とトーテミズムもそのような関係にあるのだと思います。

 ここで、主客、「主観と客観」「主体と客体」の関係について考えてみましょう。主客の関係はおおまかに三つの状態に分けられます。「主客未分」「主客分離」「主客合一」の三つの状態がありますが、同じようなものに捉えられがちな「主客合一」と「主客未分」をきちんと区別しなければなりません。西田幾多郎は「主」と「客」に関する意識の発展の流れを「善の研究」のなかで次のように述べています。

 元来、意識の統一というのは意識成立の要件であって、その根本的要求である。統一なき意識は無も同然である、意識は内容の対立に由りて成立することができ、その内容が多様なればなる程一方において大なる統一を要するのである。この統一の極まる所が我々のいわゆる客観的実在というもので、この統一は主客の合一に至ってその頂点に達するのである。客観的実在というのも主観的意識を離れて別に存在するのではない、意識統一の結果、疑わんと欲して疑う能わず、求めんと欲してこれ以上に求むるの途なきものをいうのである。而してかくの如き意識統一の頂点即ち主客合一の状態というのは啻(ただ)に意識の根本的要求であるのみならずまた実に意識本来の状態である。コンジャックがいったように、我々が始めて光を見た時にはこれを見るというよりもむしろ我は光其者である。凡て最初の感覚は小児に取りては直(ただち)に宇宙其者でなければならぬ。この境涯においては未だ主客の分離なく、物我一体、ただ、一事実あるのみである。我と物と一なるが故に更に真理の求むべき者なく、欲望の満すべき者もない、人は神と共にあり、エデンの花園とはかくの如き者をいうのであろう。然るに意識の分化発展するに従い主客相対立し、物我相背(そむ)き、人生ここにおいて要求あり、苦悩あり、人は神より離れ、楽園は長(とこし)えにアダムの子孫より鎖(とざ)されるようになるのである。しかし意識はいかに分化発展するにしても到底主客合一の統一より離れることはできぬ、我々は知識において意志において始終この統一を求めているのである。意識の分化発展は統一の他面であってやはり意識成立の要件である。意識の分化発展するのはかえって一層大なる統一を求めるのである。統一は実に意識のアルファでありまたオメガであるといわねばならぬ。宗教的要求はかくの如き意味における意識統一の要求であって、兼ねて宇宙と合一の要求である。
——西田幾多郎『善の研究』 岩波文庫 *初本 明治44年 弘道館

 トーテミズムを原始的で幼稚な思考/宗教と考える人は、主客未分の状態をそこに見ているにすぎません。主客未分の状態から主客分離ー個人の状態を超えて主客合一の状態に至るという経過を経た後にしかトーテミズムは生まれてこないものだと思います。

俳句と里山

 人の心にうまれた叙情(主客未分)に対して、客観的に物事を写生(主客分離)することにより、叙情と叙景をひとつの句に結実(主客合一)させるー主客未分の状態から、客観的に物事を写生する事によって、主客分離の状態を体験し、それぞれの本性を失わないまま、さらに主客合一に至る。という一連の流れをそこに持つ、正岡子規や高浜虚子の「写生俳句」にはトーテミズムの発展したかたちをみる事が出来ます。さらに句会を積極的にひらくことで、すべてのひとに俳句という藝術を解放する機会を生み出した、その試みはすばらしいものだと考えます。藝術のほんとうの意味はそこにあるのではないでしょうか。そのような流れを持つものの一つに、里山があります。里山も人間と自然を、農林作業という生活の行為によって、主客未分の状態から、主客分離の状態を体験し、さらに主客合一に至るという一連の流れを体現しています。里山は、人間と自然の接合面として、異質になってしまったものの接触による抵抗を乗り越え、それぞれを存在の深部で繋げているのではないでしょうか。藝術と里山はとても似ているようです。そして、里山という発想をもたなかった地域、見失った土地では、人間による自然支配が広範囲に及び、現在、世界各地で砂漠化が進行しています。同じように、精神とたましいを繋ぐ藝術というメディアを見失うとき、人間の精神の砂漠化がはじまるのかもしれません。