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此処を乗り越えない限り、芸術に未来はありません。

8月 19th 2010 in 制度

我々の直面する重要な問題は、それを作った時と同じ考えのレベルで解決することはできない ─ アルバート・アインシュタイン

今回、千円札を使った作品を発表して、僕としては、アンディー・ウォーホルの『リラ紙幣にサイン』やヨーゼフ・ボイス『芸術=資本』といった本物の紙幣に描くことによる、パラダイム転換の発展、ということで制作したのですが、しかし実際に見た人々は、ほぼ全員が赤瀬川原平の『模造千円札』のイメージに捕われてしまっているようでした。

確かに「千円札」という、赤瀬川原平の『模造千円札』のごく表面的な引用はありますが、それ以外『模造千円札』とは全く関係がありませんし、本物の日本銀行券を使っているのに関わらず、人はそこに「偽札づくり」という犯罪を見てしまいます。

もちろん、芸術でも犯罪でもない『模造千円札』を芸術や犯罪にしてしまったのは、警察や検察や裁判所や弁護士であって、赤瀬川原平の責任ではないのですが、とにかく、赤瀬川原平やあの時代(読売アンデパンダン)の作家たちの失敗の、現在にまでまとわりつく影響力を僕は目の当たりにしたのです。

此処を乗り越えない限り、芸術に未来はありません。


2 comments to...
“此処を乗り越えない限り、芸術に未来はありません。”
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ushinosuke

すみません、「此処」をもう少し具体的に言っていただけると分かりやすく、また、答えも見えてくるような気がします。
Twitterから巡りきて、いきなり質問してしまいました。


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artNOMAD

コメントありがとうございます。
芸術と社会の境界のようなものなのですが、、、この先をしばらく続けて、ちゃんと表現できればと思っていますので、応援してください。




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現代美術家の彦坂尚嘉さんが主催する「フリーアート」第1回展に出品しました。

クリエイティブ・コモンズ ライセンス 表示-非営利-継承 3.0の下に置かれた15枚の日本銀行券
2010年 カンバス、日本銀行千円券、ゴム判、鉛筆、両面テープ

「社会体に組み込まれているとはいえ芸術は、自らを支えるものとしては自分しかもっていません。」─フェリックス・ガタリ

貨幣に価格というものはありません。貨幣は商品ではなく、そのデザインがパブリックドメインに置かれていることからも分かるように、本質はフリーなものなのです。特にニクソンショックによるドルの兌換停止以降、それは決定的なものになりました。芸術作品もまた商品ではありません。芸術作品は自己言及の循環によって成立するものだからです。そして商品ではない貨幣が為替/金融商品として売り買いされることの根拠を芸術作品、特に美術作品が与えている疑いがあります。芸術作品と同じように自己言及性を持つ貨幣ですが、そのままでは決して芸術作品になることはありません。この作品は貨幣に署名し、さらにクリエイティブ・コモンズ ライセンスを付加することで貨幣を芸術に変容させています。貨幣の本質である<フリー>を剥き出しにすることによって、芸術と貨幣の隠された共謀を暴いているのです。

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春までまだどれくらいあるのだろうか ─フランツ・カフカ

日本銀行券は貨幣でなかった。

ざっと調べてみた所、日本銀行券は法律上「貨幣」としては認められていません。では日本銀行券とは何かというと「日本国の法定通貨」のようです。日本銀行券なので、本当は千円券、五千円券、一万円券であって、千円札、五千円札、一万円札と呼ぶべきものでは無さそうです。お金の世界は実にいい加減な感じなのです。

さらに、千円札、いや千円券に描かれている野口英世の肖像ですが、これは決定的に人選ミスではないでしょうか。野口英世の功績に関して何の異論もありませんが、お金に関してはかなりだらしない人物と言われていて、常に借金まみれだったそうです。(僕もだらしないのですが、金額的に野口英世ほどでは無いと思います。)現在の野口英世にかわってからの、日本国の借金の凄まじさを考えると、かなり問題あるのではないかと思います。

何の話か分からなくなってきましたが、ここで伝えたいことは、千円券は「貨幣」ではないので、「貨幣損傷等取締法」の対象ではないということです。ほかに法令とかあるのかもしれませんが、専門家ではないので分かりません。

知りもしないし、認めても、納得もしていない条件の中で生きることを強いられているのです。それが自然のものならあきらめもつきますが、他人の作った与り知らぬ制度によって、何が罪になるのか分からない、カフカの小説のような世界なのです。

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