山頭火を生きる:三月十四日

曇、白い小さいものがちら/\する。
老遍路さんがやつてきた、珍客々々。
身辺整理。
しづかに読書してゐると、若い女の足音がちかづいてきた、女人禁制ではないが、珍らしいなと思つてゐると、彼女はF屋のふうちやんだつた、近所まで掛取りにきたので、ちよつと寄つて見たのだといふ、到来の紅茶を御馳走した、紅茶はよかつたらう!
夕方、約の如く敬治君が一升さげて来てくれた、間もなく樹明君が牛肉をさげて来た、久しぶりに三人で飲む、そして例の如くとろ/\になり、街に出かけてどろ/\になつて戻つた。

・雪ふりかゝる二人のなかのよいことは
・雪がふる人を見送る雪がふる
・この道しかない春の雪ふる
・ふる雪の、すぐ解ける雪のアスフアルトで
・かげもいつしよにあるく
・けふはこゝまでの草鞋をぬぐ
・椿咲きつづいて落ちつく

山頭火を生きる:三月十三日

折々降るが、ぬくいので何よりだ。
思ひ立つて山口へゆく、椹野川風景もわるくない、桜冬木、白梅紅梅、枯葦、枯草、ことに川ぞひの旧道は自動車が通らないのがうれしい。
蕎麦は敦盛、味は義経――このビラには新味はないが効果はあらう。
温泉はよいなあ、千人風呂は現世浄土だ。
鰯の卯の花はうまかつた、一つ三銭、三つ食べた。
秤り炭二十銭、線香十銭、これが今日出山の目的の買物だつた。
定食二十銭の(これはたしかに安い)一杯機嫌で映画館にはいつた、何年ぶりのシネマ見物だらう、今日初めてトーキーを聴いたのだから、私もずゐぶん時代おくれだ。
ぬかるみを五里ぐらゐ歩いたらう、くたぶれた、帰庵したのは一時頃、それからお茶をわかして。……
手足多少の不自由、何だか、からだがもつれるやうな。

・生きてゐるもののあはれがぬかるみのなか
・いつも馬がつないである柳萠えはじめた
・猫柳どうにかかうにか暮らせるけれど
 ぬくい雨でうつてもついても歩かない牛の仔で
・焼芋やいて暮らせて春めいた
・監獄の塀たか/″\と春の雨ふる
・病院の午後は紅梅の花さかり
・ずんぶりと湯のあつくてあふれる(湯田温泉)
・早春、ふけてもどればかすかな水音
・春めけば知らない小鳥のきておこす
・あたゝかい雨の、猿のたはむれ見てゐることも

本間健一『60年代新宿アナザー・ストーリー タウン誌「新宿プレイマップ」極私的フィールド・ノート』

playmap70年代末の松山にもまだジャズ喫茶は数件あった。いつもすいていたので、最盛期はもう終わっていたのだろう。数回通っただけで、常連になることもなかった。違った世界が都市にはあると、音楽の情報誌に記されているような、輸入レコードのジャケットのような匂いを求めて東京に来たのだと思う。1980年に上京してすぐに噂の「DIG/DUG」にも行ってみたが、求めていたような泥臭さは感じなかった。その頃は下戸でアルコールは苦手、金もない。時代はディスコ、テレビゲーム、ルービックキューブ、極めつけはウォークマン。演劇好きな年上の彼女に連れられ通う、紀伊国屋ホールのつかこうへい、花園神社の赤テント、丸井のDCブランドバーゲンと画材を買う、その頃はドンキーホーテの圧縮陳列のようだった世界堂が、新宿のイメージになってしまった。その後、国分寺で対抗文化の残滓を少し味わうことになるのだが、それもバブル経済によって、きれいに拭い去られてしまった。さほど意識はしていなかったが、この渇きを求めてこれまで生きてきたのだと思う。この本には、まさに自分が求めていた時代の匂い、60年末から70年初頭の新宿が描かれていて、“追憶に欲情をかきまぜたり. 春の雨で鈍重な草根をふるい起こ”すように読みました。もうすぐ春ですね、ちょっと気取ってみませんか。

3月27日(木)に高円寺素人の乱12号店で、地下大学 「新宿文化戦争」戦後秘話──「雑誌を街にした男」に話を聞こう。▶出版イベント:本間健彦『60年代新宿アナザーストーリー タウン誌『新宿プレイマップ』極私的フィールドノート』が開かれます。

山頭火を生きる:三月十二日

ぬくい雨、さう/″\しい風、ひとりしづかに読書。
記念写真帖について、大山君、瀧口君の友情こまやかなるにうたれた、私はその友情に値しない友人だ、省みて恥づかしかつた。
熱い湯にはいつて身を洗ひ心を洗つた。
待てども樹明来らず、私一人で飲んで食べて、そして寝た、そこへやつてきた樹明、そして私、何だか二人の気持がちぐはぐで、しつくりしなかつた。

 風のなか酔うて寝てゐる一人
・木の芽、いつもつながれてほえるほかない犬で
・つながれて寝てゐる犬へころげる木の実
・春風のはろかなるかな鉢の子を
・からりと晴れたる旅の法衣の腰からげ

山頭火を生きる:三月十一日

晴、晴、朝酒はよいかな、よいかな。
街へ、飲みすぎ食べすぎのたたりてきめん、身心がだるい、熱い溢れる湯にはいりたくなり湯田へ行かうかとも思つたが止めにして戻る。
水菜一把四株四銭也。
酒もある、肴もある、そして餅もある、其中一人春十分。
酒ぼいとう! おもしろい方言ではないか。
疾病の福音、事々是好事。
花時風雨多し、春めいて花が咲きはじめる、曇が雨となり風となつた。

・枯枝ひらふにもう芽ぶく木の夕あかり
・春の夜の街の湯の湧くところまで
・つゝましく大根煮る火のよう燃える
 曇り日のひたきしきりに啼いて暮れる

山頭火を生きる:三月十日

晴、なか/\冷たい、霜がふつてゐる。
あれやこれやと東上準備、なか/\忙しい。
また山の方へ。――
独酌二本、対酌三本、酒は味ふべし、たゞ/\味ふべし。
夕方、樹明君来庵、ハムと餅を持つて、――酒は買ひに行く、ハムはおいしかつた、餅はおいしいよりも腹をふくらす。……
樹明君おとなしく帰る、私は街へ出て歩く。
今夜は多少の性慾を感じた、それがあたりまへだ、人間は人間でよろしい、枯木寒巌になつては詰らない。
おそくなつて帰庵、見ると机上に酒壱本と海苔一袋とが置いてある、T子さんに間違はない、だいぶ待つたらしい形跡がある、私も樹明君もゐなくて、かへつてよかつた、よかつた。

・日かげりげそりと年をとり
・そこらに冬がのこつてゐる千両万両
・地つきほがらかな春がうたひます
・ゆふべはゆふべの鐘が鳴る山はおだやかで
・鴉があるいてゐる萠えだした草

山頭火を生きる:三月九日

春光うらゝかなり、陽はあたゝかく風はさむい。
けふも餅を焼いては食べた、まだ米はあるけれど。
風よふくな、鴉よなくな。
電燈屋さんが二人連れでやつてきたが、お気の毒様、庵には電燈もありません。
藪椿を活ける、水仙もよかつたが椿もよいな。
はじめて蛙を見た、蛙よ、うれしいか、とんでゐる。
やぶれかけた心臓が私に自然的節酒ができるやうにしてくれました。

 風ふく日の餅がふくれあがり
・水田も春の目高なら泳いでゐる
・眼は見えないでも孫とは遊べるおばあさんの日なた
・もう春風の蛙がいつぴきとんできた
・夕ざれはひそかに一人を寝せてをく
・山から暮れておもたく背負うてもどる

Nothing Lyrics – The Fugs

映画『あくせく働くな:ラジオアリーチェ』の劇中歌を聞きなおしていて、The Fugs “Nothing Lyrics”は20世紀の名曲だということを認識した。

Nothing Lyrics
The Fugs

Monday nothing, Tuesday nothing, Wednesday and Thursday nothing, Friday for a change, a little more nothing, Saturday once more nothing.
Sunday nothing, Monday nothing, Tuesday and Wednesday, nothing, Thursday for a change, a little more nothing, Friday once more nothing.
Montik gornisht, dinstik gornisht, mitvokh un donershtik gornisht, fraytik for a novehneh, gornisht gigeleh, Shabbos vider gornisht.
Lunes nada, martes nada, miercoles y jueves nada, viernes por cambio un poco mas nada, sabado otra vez nada.
Na na nana, na na nana …
Oh, Village Voice nothing, New Yorker nothing, sing out in folk ways nothing. Harry Smith and Allen Ginsberg, nothing nothing nothing.
Poetry nothing, music nothing, thinking and dancing nothing. The world’s great books, a great set of nothing. Haughty and foddy, nothing.
Fucking nothing, sucking nothing, flesh and sex nothing. Church and Times Square, all a lot of nothing. Nothing, nothing, nothing!
Stevenson nothing, Humphrey nothing, Averell Harriman nothing. John Stuart Mill nill-nill, Franklin Delano Nothing.
Carlos Marx nothing, Engels nothing, Bakunin Kropotkin – nyuthing! Leon Trotsky, lots of nothing. Stalin less than nothing!
Nothing, nothing, nothing, nothing, a whole lot of, a whole lot of nothing. Nothing, lots and lots of nothing, nothing, nothing, nothing.
Not a goddamn thing.