本間久雄の民衆芸術の意義及び価値

大杉栄が『新しき世界の為めの新しき芸術』の中で「本間久雄君は何事にも篤志なしかし無邪気な学者である。だから君は、エレン・ケイの「休養的教養論」を一読して、至極殊勝な篤志を起したものの、却って安成貞雄君に散々に遣っつけられたように、へまな民衆芸術論の説きかたをしたのである。」と批判した『民衆芸術の意義及び価値』を読んでみた。それは大衆(向け)芸術論であって、民衆芸術論ではなかったし、大衆芸術論としてもつまらないものだった。しかし、この論によって、「民衆芸術」やさらに「民衆」について議論されるきっかけとなったのだから、それはそれでよかったのかもしれない。現代のハリウッド映画やテレビ(ニュース・ドラマ・コマーシャル)、体験型・参加型アートに代表されるような大衆教化の芸能・芸術がどのような考えに基づいて作られているのかを知ることも出来るだろう。

民衆芸術の意義及び価値|本間久雄

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